昨日に続き、ずっと視聴できていなかった「子育て支援政策の実態と課題」をテーマとした研修動画を視聴しました。正直なところ、研修そのものがどこまで新しい気づきをくれたのかは分かりません。ただ、話を聞く中で、自分の中で考えが整理された部分はありました。
昨日の話と共通するところがありますが、そもそもの研修内容自体がリンクしている部分も多く、今日も引き続き「研修を踏まえて自分なりに考えた整理」として書いておきます。
合計特殊出生率はどこまでを目指すのか
2025年時点の日本の合計特殊出生率は1.15だと言われています。先進国はいずれも2.07を下回っており、自然減の傾向は世界的トレンドですが確かに日本の数値は低すぎます。改善を目指す必要があるのは間違いありません。
ではどこまでを目指すべきなのか。理想は2.07以上ですが、それはちょっと難しいと思います。社会保障が手厚いと知られるスウェーデンでさえ出生率は2.07を超えていません。保障制度を整えれば自然増に転じていくというものではないことを物語っています。
日本もベビーブームの時代は2.07を超えている時代がありました。しかしそれは戦後復興というキーワードで国全体が創造のフェーズを迎えていた時代の話です。成熟した先進国として安定している昨今の日本とは社会情勢が異なります。
国がやるべきは「誘導」ではない
では、少子化対策は意味がないのかと言えば、そうは思いません。ただし、民主主義国家である日本国や行政がやるべきことは「産め」「産むな」と誘導することではないはずです。
個人的には、次の2点が必要だと考えます。
「産みたいけど産めない」を極力減らす
身体的な理由以外で「本当は産みたかったけれど、諦めざるを得なかった」という状況をできるだけ生まないこと。仕事、キャリア、経済的不安、社会構造などの理由で出産の選択肢が奪われる状態は、できる限り減らすべきだと思います。
産まないと決めている人に翻意を促すよりもまず、産みたいと考えている人が諦めない社会をつくる。話はここからだと思います。そして政治や行政が関与する正当性があり、かつ現実的な実現可能性がある領域です。
正しい医学的情報を知ったうえでの判断
もう一つ大切なのは、正しい情報の共有です。
出産を後回しにするという判断もありますが、身体的事情もあり無限に先送りできるものではありません。
これは脅しでも価値観の押し付けでもなく、医学的、生物学的なデータに基づく事実です。
出産でストップしてしまったキャリアは、後から取り返すチャンスもあります。ですが出産については、一定のリミットを過ぎると後から取り返すのが非常に困難になります。
判断を行う前に「正しい情報」を知っておくというのは、大事な判断を下すうえで常識です。正しい情報を知らずして判断してしまうことがないようにはする必要があります。本来、きわめてアカデミックな学問である性教育について、体系的に学べるようにする必要があると思います。
出生率がどこに落ち着くかは、分からない
こうした環境を整えた結果、合計特殊出生率がどこに位置するのかは分かりません。先進国の取り組みと数字を見る限り、少なくとも1.15よりは改善する可能性は高いです。
数字を目標にして無理に引き上げるのではなく、人生の選択が歪まない社会をつくる。その結果としての数字を、社会として受け止める。それが民主的な国の在り方であり、日本の国としての完成モデルになるのではないでしょうか。
「全員が産みたいと思ってるはず」は一旦忘れる
今の社会は、多様な生き方を許容する社会です。「産まない選択」は尊重されるべきです。こうした人にまで出産を強要することはあってはならないし、産まないと言っている人の翻意を目指すような政策展開もやりすぎだと思います。
「ハードルをすべて外せばみんな産むはずだ」という考え方に立った政策展開ではなく、「産みたいけど産めないという人を救済する」という考え方に立った政策展開が必要だと思います。
その結果、自然減少が進んだとしても、それは受け入れて、対応していくしかないだろうと思います。
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